夏川草介「神様のカルテ」

ちょっと気になってはいたものの、なかなか読む機会のなかったこの本を、
たまたま会社の資料室に行った時に
「今返って来たんだけど、次はこれなんかどう?」
とお勧めされたので、ようやく読むことができた。

夏目漱石を愛読するあまり、口調まで漱石の小説のようになってしまったという
信州の地方病院に勤める一風変わった内科医、栗原一止。
彼が、病院のスタッフや、カメラマンの妻、愉快な下宿の同居人たち、
そして、そこで最期の時を過ごす患者たちとの関わりの中で
医師としてのあり方を見つめ直す、穏やかな日常を描いた作品。

地域医療、終末医療、医局制度や研修医制度問題、ひいては人の命の尊厳など
壮大なテーマを内包しながらも、
あくまで主人公の等身大の目線で穏やかに語られるところにとても好感が持てた。
漱石に似せた古風な文体をユーモラスに使用していることから、
森見登美彦氏を連想する人も少なくないだろうが
描きたいその世界と中身が異なっているので、
違ったものとして受け入れられた。

物語の中で、
もうどうしても患者の命を救うことができないと医師が判断した状況で、
「なんでもできることはしてください」と無理やりな延命治療を望むのは、
その人のエゴではないかという場面がある。
本当にそうだと思いながら、
いつか自分がその場に立たされたら、本当に、
穏やかに見送ることができるだろうかと自問した。

いつか私も、あなたのいない世界へ行く。
その時が来たら、
最後まであなたのことを思い出しながら旅立てるよう、
静かにそっと、見守っていてね。

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「一に止まると書いて、正しいという意味だなんて、
 この年になるまで知りませんでした。
 でもなんだかわかるような気がします。
 人は生きていると、前へ前へという気持ちばかり急いて、
 どんどん大切なものを置き去りにしていくものでしょう。
 本当に正しいことというのは、一番初めの場所にあるのかもしれませんね」

夏川草介「神様のカルテ

神様のカルテ

神様のカルテ